omoroi-being

menu

【謎媒体】町なかの銭湯で見かける鏡の横の広告枠

ひっそりと存在する鏡広告に光を当てた銭湯「千鳥温泉」

ライター: 宮原 広志・金田 彩佳
写真: 宮原 広志・金田 彩佳

  • # レトロ
  • # 鏡広告
  • # クリエイティブ
  • # 広告主募集中
  • # 銭湯
2024.04.03
千鳥温泉
千鳥温泉
①鏡広告を運用し活性化を図る「千鳥温泉」

サウナブームが盛り上がる昨今、町なかの銭湯に足を運ぶ人も多いだろう。だが、その浴場内の鏡の横にある広告を覚えている人はわずかかもしれない。大体は古ぼけており、10年20年放置されているのかと疑ってしまう、謎の媒体。だが、大阪・此花の銭湯「千鳥温泉」の鏡広告は、40もの枠が満稿、実に多彩な広告クリエイティブ?が並ぶ。この秘密を探るべく、店主の桂秀明(かつらひであき)さんにお話を伺った。

桂秀明(かつらひであき)さん

此花の地で生まれ育ち、近所の銭湯にもよく通っていたという桂さん、実は元サラリーマン。サラリーマン時代には、仲間と関西の銭湯を巡るツアーも実施していたらしい。その繋がりが縁で、2017年7月に「千鳥温泉を9月から引き継いでくれる人が決まっていない」という情報を聞きつけ、なんと約1週間後には会社を辞めていたとのこと。風呂屋(銭湯経営者)になった桂さんが、まず気になったのが、浴場内の鏡の老朽化。新しくするには当然費用がかかる。そこで桂さんは、鏡の横のほぼ運用されていない広告枠に目をつけ、新たに広告主を見つけることで改修費用を賄おうとしたのが始まりだったとのこと。

1枚目の広告主は、近所の書店「シカク」さん。桂さんの知り合いが店長で、鏡広告の話をすると乗ってきてくれたらしい。そこから、有名ネットメディアが取り上げ、またたく間に認知を獲得、新規広告掲載依頼が多数舞い込んだ。お金をかけずにリーチさせる、まさに理想的なPR戦略である。桂さんは「たまたまですよ」と謙遜されてたが。そんな経緯とビジネススキームで、千鳥温泉には今も新しく綺麗な鏡広告が並んでいるのだ。

鏡広告「シカク」さん

ちなみに、千鳥温泉の鏡広告は、個人でも企業でも誰でも出すことができ、6ヶ月掲載で3万円。流れとしては、まず簡単なデザイン案を桂さんに提出。それを元に何度かやりとりをしながら原稿を完成させ、広告部分を看板屋「サインズシュウ」さんが制作。そして、「近畿浴場広告社」さん(社名からにして気になり過ぎる)が鏡に貼る為の仕上げ加工を施し、最後に桂さんが鏡と合体させ浴場に設置する、というフローだ。6ヶ月の掲載が終わってから来店すると“鏡ごと”広告主にプレゼントされる。つまり、媒体費、制作費、物品購入費、すべて合わせて3万円なのである。そう考えるとおトクなのかも!?
では媒体という視点で、この広告価値を深堀っていこう。

②鏡広告の広告価値は!?実はOMO(オンラインとオフラインの融合)がカギだった

鏡広告の媒体としての価値はどの程度なのか。近年は、スマホユーザー増加の影響で、デジタル広告提案はマル必状態である。また、広告の基本でもあるが、いかに効率よく認知拡大や理解促進などを達成するかも、もちろん重要である。そんな中、全員が素っ裸でスマホを持ち込むことができないという特殊環境。渋谷の巨大看板のように、スマホで撮られてバズる、なんてこともおそらくないだろう。こう言うと失礼だが、広告主はなぜわざわざこの媒体を使っているのか?まずは、基本情報を聞いてみた。

桂さんの話によると、
【来店者について】

  • (人数は非公開だが)約5割は毎日来店するヘビー層、約4割が週1回~数回来店するミドル層、約1割がトライアルのライト層で構成。
  • 男女比率は男:女=2:1
    かなりリピート率が高い。なるほど、たしかに地元に根ざした銭湯だからこその数値な気がする。スーパー銭湯とは違った属性だろう。

【鏡広告について】

  • 掲載料と期間は前出の通り、1枠3万円/6ヶ月間(男湯女湯各3ヶ月ずつ、もしくはどちらか6ヶ月)
  • 銭湯での掲載枚数は、男湯・女湯それぞれ約20枠
  • 掲載場所は桂さんが決定し、広告主は指定不可
  • ちなみに考査は、桂さんの判断で。ざっくり政治・宗教・暴力系はNGで多少のエロはOK。実際にあったので、是非現場で探してみて欲しい。
千鳥温泉

ただ、銭湯来店者が全ての広告に触れてくれるということはなく、あまく見積もっても身体を洗う際や湯船につかっている際に見てくれる2~3枠が限度であろう。また、リピートが高いということは、顔なじみも多く、なんとなくそれぞれが座る席も固定化してしまっている可能性もある。この状況からすると認知効率やimp*は低く、6ヶ月3万円という金額は、コスト効率としては一見悪いように思える。なのに、広告主に人気なのはなぜ?
*広告や投稿が表示された回数を表す指標

さらになぞなのは、鏡広告掲載依頼は地元だけでなく全国各地からもやってくるらしい。広告を見るのは地元の人がメインなのに、なぜ?ターゲット違わない?

実は、鏡広告の魅力は、現場での認知だけではないところなのだ。カギは、この古くアナログ過ぎな媒体が、昨今よく見かけるキーワードOMO(オフラインとオンラインの融合)的な役割を担っているというポイントだ。鏡広告を掲載後、ご主人は掲載した広告を撮影し、広告主に送る。それを広告主がSNSにアップすると、「千鳥温泉」(約4000フォロワー)や前出の広告制作担当の看板屋「サインズシュウ」(約7万フォロワー)がRTをし、一気に拡散。大幅な認知拡大や話題化が期待できるのである。

さらに、SNSで鏡広告を見たその広告主のファンが、実物を見るために銭湯を訪れるという「千鳥温泉聖地化現象」もたびたび起きるのだとか。たしかに、閉じられた空間で素っ裸な状態でしか出会えない特殊性が聖地感を強めるのも、妙に納得してしまう。

本来、商品やサービスに対してただ“場”を提供する側である広告が、その枠を超えてコンテンツになるポテンシャルまで秘めているのが、効率を超えた鏡広告の媒体価値なのであろう。

鏡広告の画像①
鏡広告の参考画像②
③独特のクリエイティビティーを発揮する広告デザインの魅力

最後に、クリエイティブ観点で鏡広告の機能的なデザインをご紹介したい。

まず、やはり目を引く特徴は、独特のレトロな書体と原色バキバキのカラー。デジタルツールでは出せない手作り感は、一流のアートディレクターが作る広告とは違った味わいがある。実は、サインズシュウさんは桂さんが鏡広告の制作依頼をした3人目の職人さんで、他にも初代の松井頼男さん、八條工房の八條祥治さん、という職人さんも過去に担当されていたとのこと。職人さんたちのクリエイティブディレクションに脱帽だ。カラーも、平成を飛び越して昭和を感じさせる原色中心の組み合わせで、書体とマッチしている。もし広告を出そうと考えている方は、商品やサービスの世界観より鏡広告独特のトンマナに寄せた方が、ギャップが出て面白いはずだ。

鏡広告の参考画像③
鏡広告の画像④

また、スマホがなくその場で検索してもらうことができないが故に、覚え易いキーワードや短い言葉が入っているものが多い。髪や身体を洗い“ながら見”する広告なので、そのアクションの最中になるべく視界に入り、無意識の中でも残り易い、そんな設計になっているのだろうか。ただ、よくよく見ると、変わった広告主の宝庫であり、コピーも妙な言い回し奇才感漂うフレーズばかりなので、是非、“ながら見”ではなく、湯船に浸かりじっくり1つずつその味わいを堪能して欲しい。

鏡広告の画像⑤
鏡広告の画像⑥

と、書いていると広告を作りたくなるのが、広告会社勤務の性なのかもしれない。本サイトの広告を千鳥温泉に掲載してみようと思うので、その過程を次回ご紹介したい。

トップページに戻る